ありがとう、鳥谷敬

 

海外FAを取得していた阪神・鳥谷が残留するというニュースが走った。

 

 

(今日のブログはいつもと文体及び私の一人称も違っています。ちょっとシリアスな感じでお願いします。)

 

 

昨年に国内FAを取得した際にも鳥谷の去就には気をもんでいたが

 

「鳥谷はメジャー志向があり、国内移籍は考えていない」という状勢が伝えられていたため、注目度は今年ほどではなかったと記憶している。

 

そして今年、いよいよ海外FAを取得してメジャーへの移籍が可能となった今年

 

いよいよ鳥谷が阪神を去るときが来るのか…という不安と寂しさが俺の心にも押し寄せてきていた。

 

 

 

鳥谷敬については

 

阪神ドラフト列伝と鳥谷敬

 

 

という5年前の記事に、入団当時の想いから綴っている(この記事は検索でも結構ヒットする当ブログ中でも屈指の名作)。

 

 

 

入団後の経緯を付けくわえるなら

 

 

 

入団当時、前年にショートを守っていた藤本とのポジション争いにおいて優遇されたような見方をされ、阪神ファンの中には鳥谷をやたらと批判する人も多かった(藤本は妙に人気があった)。

 

 

東京生まれの東京育ちで、もちろん標準語での喋り。さらにクールな性格故にファンへのアピールが少なく、やや地味な立ち位置となっていた。

 

 

ルーキー以来ずっと一軍に帯同してきた中で、同期の選手はもちろん野手では年下の選手がなかなか定着することがなく、先輩ばかりに囲まれる日々であった。

 

 

少しずつ打撃成績を上げてきたものの派手な活躍をする事が少なく、それが伸び悩んでいると見られるフシもあった。

 

 

もちろん俺は鳥谷に特別な思い入れがあったのだが

 

そうした事から「鳥谷はチームに、そして関西という土地に馴染めていないんじゃないか?」という心配が俺にはあった。そして「いつかFAで関東のチームに移籍するんじゃないか…」という漠然とした不安が湧きおこっていた。

 

 

 

しかし5年前に書いたブログ以降、鳥谷は更に成績をアップさせていく。

 

 

打撃成績に加えショートの守備にも磨きがかかり、セリーグを代表するショートとなっていった。

 

 

2008年にはベストナインを獲得
2009年には20本塁打をマーク
2010年には打率3割に到達、100打点をマーク
2011年には最高出塁のタイトルを獲得し、ゴールデングラブ賞にも輝く

 

 

連続試合出場を続け、打順も3番が定位置となり、鳥谷は推しも推されぬ阪神の中心選手となった。

 

 

そして2009年のオフに選手会長をしていた赤星が電撃引退となり鳥谷は選手会長となった。
恐らくは赤星の指名によるものであり、鳥谷は渋々引き受けたと推察する。

 

 

この事についても俺は不安を覚えた。

 

 

そもそも余り前に出るキャラでない上に

 

レギュラー陣は金本、城島などの大御所に

 

年上の新井、平野、そしてマートンとブラゼルの外国人。

 

控えにも桧山、関本…

 

 

選手会長と言っても気を使うばかりのポジションではなかったろうか。

 

 

 

 

そして、そのわずか2年後

 

阪神の選手会長が鳥谷から関本に交替したことを知るファンはどれくらいいるのだろう。

 

 

わずか2年というのも異例であれば、年代的に逆行する先輩への移譲も異例に映る。
余りニュースにはならなかったが、当時の鳥谷の心境はいかなるものであったのか。
一体、球団との間でどのような話がなされたのか。

 

 

翌年のオフに国内FAを取得する鳥谷の流出を、俺は現実として突き付けられた気分になった。

 

 

 

やはり鳥谷は出て行ってしまうのか…。

 

 

 

しかし

 

 

FA権を取得した昨年から今年にかけての経緯は前述の通りである。

 

 

 

鳥谷は阪神残留の道を選んでくれた。

 

現段階ではメジャー挑戦の道は厳しい、との判断もあったのだろう。
日本人内野手の評価を下げたとも言われる元ロッテの西岡が入団確実というのも何かの縁か。

 

 

いずれにせよ

 

 

これで鳥谷敬という名前が

 

阪神の球団の歴史にしっかりと刻みこまれることになる。

 

 

 

もちろんドラフトより見守ってきたファンの心にも

 

改めて刻み込まれる日となった。

 

 

 

ありがとう、鳥谷敬。