ガーデンショップ社長の東奔西走日記

ガーデンショップ社長の東奔西走日記
令和8年3月8日


高田バイパスと京奈和自動車道のジャンクションが開通しましたね。

五條方面⇔大阪方面だけですが。



まあこれ、私および弊社にとっては余り使うことのない接続です。


強いて言えば、五條方面から帰って来た時の終点の渋滞が少しでもマシになってくれたら助かるかな、というところです。


しかし、新しい道路の開通というものはワクワクするものです。


3月8日に大阪から戻ってきたときに開通しているのを見て、用事もないのに新しい道路を走ってしまい

御所まで意味もなく行って、Uターンして戻ってきたりなんかしていました(笑)


遠く振り返れば、道路事情はどんどん進化してきた歴史を感じます。


南阪奈道路開通で私たち奈良県南部の者にとっては大きく大阪が近づきました。

京奈和自動車道の橿原~郡山間の開通も画期的な進歩でしたし

中和幹線の開通も大きなインパクトでした。

郡山でその京奈和と西名阪が接続したことも日々の動線を大きく変えてくれました。



県外でいうと


第二京阪の開通により京都が一気に近くなりました。

阪神高速大和川線の開通も奈良県民にとっては大きな影響があったと思います。



などなど


高速道路のみならず、新しい道路の開通は私たちの仕事の大きな後押しとなってくれるんですね。


必然、施工可能エリアも少しづつ広がっていきます。


これからの新しい道路の開通にさらなる期待をしたいところです。









このところ、あまりワクワクする道路の開通が少ない印象ではありますが














今年のドラえもん映画は

「新・のび太の海底鬼岩城」

なんですね!



いやあ、懐かしいですね…(^^)

旧作が1983年、という事で私が小学生の時の作品です。



映画ドラえもんは、旧作が4作目で

1 のび太の恐竜
2 のび太の宇宙開拓史
3 のび太の大魔境
4 のび太の海底鬼岩城
5 のび太の魔界大冒険
6 のび太の宇宙小戦争
7 のび太と鉄人兵団




と、続いてきました。


上に書いたものの中では2006年の「のび太の恐竜2006」から始まって、今年の「海底鬼岩城」以外は既にリメイクされていて、なぜか「海底鬼岩城」だけがリメイクされないまま時が過ぎてきていました。


それがいよいよ…2026年になっての登場です。


私は子供心に、この映画ドラえもん、及びその原作漫画版を大長編ドラえもんというのですが、これらが大好きでした(^^)

特に上の7作は原作漫画は全てそろえて持っていて何度も何度も読み直していましたし、時折テレビ放映がある際にはビデオに撮っておいて見返したりしていたのです。



映画、大長編では毎週やっている短編のドラえもんとは違い、ワクワクの冒険、謎やスリル、アクションシーン、勇気や友情、出会いと別れなどがドラマティックに描かれ、そして様々な伏線が仕込まれて回収されていくストーリーが練り上げられているのです。


さらにテーマ曲も海援隊であったりキョンキョンであったりと、なかなかの名作が並びます。

さすがに大人になってからは滅多に見ることもなく

私の子どももさほど興味を持たなかったので、子どもを連れていったのも2,3回あったかどうか、といったところです。

なので、その後の映画ドラえもんについては思い当たる作品がありません。

やはり原作者である藤子F不二雄先生がお亡くなりになった点も、やはり古きドラえもん世代の私たちにとっては昔と違ったものになっているような気もします。



そういうわけで、私にとっては子供のころに見た上の7作くらいが強烈に思い出として残っているのですね。


中でも私的には特に3の大魔境、4の海底鬼岩城、5の魔界大冒険の3作がそのピークだったと思っています。


大魔境では犬のペコ、魔界大冒険では美夜子さんと一緒に大冒険が繰り広げられます。


そして海底鬼岩城では



バギーちゃん、ですよねえ…




ネタバレは控えておきますが


バギーちゃんとしずかちゃんの最後のシーン、これはまさに感動の名シーンですね。


というわけで


海底鬼岩城はドラえもん史上、屈指の名作だと私は思います(^^)


皆様もぜひ、ご覧になってはいかがでしょうか。



え?私ですか?


さすがにオッサンが一人で見に行くわけには行かないですよね…!?(笑)






















このところ

改めてOB施主さんからのご相談を私自身受けております。



実は少し前まで、スタッフに任せていたりもしていたのですが

最近になって私も担当させていただいています。


そうすると

15年以上前、10年以上前のお客様からご相談をお寄せいただいて

本当にお久しぶりなお客様とお会いさせていただく機会が続きました(^^)/


そうすると


いや、これねえ…


何とも温かいんですよ…、皆様。


「あんまり変わりませんね」とか

「会社の方はどうですか?」とか


温かいお言葉をいただけるのです。


そしてやっぱり自分が担当して作った現場を久しぶりに見ると、ちょっとした達成感みたいなものも感じることができるのです。



持つべきはOB施主様だなあ、と改めて感じるわけです。

緊張感を持ってやっている通常の仕事と違って、私自身が何か癒される機会となりました。



皆様、本当に本当に

ありがとうございます。



これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます!



毎朝、腕立て伏せをするようになって4年くらいになります。


もはや、当たり前になっているルーティーンなのですが、ここに来て腕の筋肉がまた増えたような気がするんですね。


また改めて継続の力、というものを改めて感じています。



弊社の経営理念は「継続が幸福を導く」です。



17年前の2009年にこの言葉に辿りついて以来、現在に至るまで

自分で作った理念ながら、この言葉の本当の価値に長年かけて気づいてきたように思います。



実は最近、継続していることがあります。


施工事例の登録作業です。


当社は年間に600件を越える多くの工事をさせていただいていますし、一昨年には設立40周年を迎えた歴史もあります。


しかし20年ちょっと程前に私が代表に就任した際に、ホームページの制作を考えた際に施工事例を載せようにも写真データがまともに残されていたのが僅かしかなかったのです。

そこから一つ一つの施工事例写真データを保存していくようになりました。

とは言え、各担当者がめいめいに保存していっていると、どこにどんな施工事例があるのか分からない状態もありました。


それがようやく全社的な管理に進んでいくよう仕組を整備して、多くの施工事例写真データの蓄積が進んできました。


しかし、それにしても顧客データベースに写真が保存されているので

「このブロックを使った施工事例を見たい」だとか

「植栽の施工事例を見たい」とか

「タイルを使った門柱の事例を見たい」など


見たい施工事例を探すという事ができなかったのです。


これをどうやって管理して整えていけばいいのか…と長年答えが見つからないまま悩んでまいりました。


そんな折に、新たなシステム導入を行ったのですが

そこに施工事例管理システムが搭載されていたのです。



施工事例写真にタグを付けて保存するのですが、タグ付の操作も簡単で検索するのも簡単にできるという、まさに探し求めていたシステムです。


このシステムに、当社の施工事例をタグを付けて登録すれば見たい施工事例をスッと探すことができます。


とは言え、当社の膨大な施工事例を登録するという作業こそ膨大な作業となります。


この膨大な作業をどうやってやるのか。

一件一件の登録をするのに、「検索したい」タグを判断して付けていかないといけませんし、そもそも登録すべき施工事例かどうかの判断も必要とされるので、単純作業という事もできません。


この作業をスタッフに依頼して進めてもらうとなると、かなりの進捗のチェックも必要となります。


そこで私の行き着いた結論としては


自分でルーティーン化して登録する。


これです。


まとまった時間を取ろうとすると、なかなかそんな日はやってきません。

なので1日5件程度、これなら5分か10分くらいで可能です。


この作業を日々の合間や

集中力の落ちる夜の時間などに


私がルーティーン化して進めて行くことにしたのです。


昨年の10月ごろから、このルーティーンをスタートし

完全に毎日ということではありませんが

今日、さっき登録したところで730件まで到達することができました。


こんなの、いっぺんにする事は絶対に不可能ですが、日々コツコツと継続すれば凄い数が積上がってくるんです。


結局、「数」とか「量」をこなすには「継続」することが唯一の方法なんだと改めて感じるところです。



イチローの名言があります。


「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道」


なんですよね…。



経営理念「継続が幸福を導く」に、また魂を込めることができたと思っています。






















このシリーズを連載していたことを、先ほど思い出しました^^;


①、②で飛鳥時代までのお話、そして飛鳥時代から考古学上の成果が日本書紀の記述が一致してくるというお話をしました。


では、本題の飛鳥時代のお話をしましょう。


飛鳥時代は、592年(推古天皇即位)から710年(平城遷都)までの期間と位置づけられるのですが


これを3つにズバッと分けると、整理しやすくなります。


第一期飛鳥時代 592年~645年

すなわち「蘇我氏の時代」

です。


推古天皇の即位とともに、歴史の表舞台に登場してくる人が聖徳太子です。

しかしこの2人…ハッキリ言って蘇我氏一派です。


実質の権力者は蘇我馬子でした。

そして聖徳太子の死後は馬子の直系の蘇我蝦夷、蘇我入鹿と権力者の座は受け継がれていきます。


その権力の座を奪ったのが、中大兄皇子。


昔、645年は大化の改新って習いましたよね?

今は645年は乙巳の変と教科書に書いてあるんですよ(^^)/


ここからが

第二期飛鳥時代 645年~672年。

ズバリ、中大兄皇子の時代です。

とうとう蘇我氏から権力者の座が移ったのです。


しかし乙巳の変の後、実は都は飛鳥ではなくなりました。難波宮、すなわち大阪へ遷都されているんですね。


しかしその後、諸事情で(雑な説明でサーセン)飛鳥に戻ります。

斉明天皇、という女性天皇が飛鳥の地で様々なものを作りました。

しかし、白村江の戦いという対外戦争で敗れたこともあり、斉明天皇の後に天皇になった中大兄皇子、改め天智天皇が都をまたまた飛鳥から遷すんです。


その行先は…近江です。


なので、中大兄皇子は二度も飛鳥を離れているんですよね。


そしてその天智天皇(中大兄皇子)が病没して、後継者争いが起こります。
672年、壬申の乱です。


天智天皇の息子と弟の争いとなり、勝ったのは弟。


ここでまた権力の座が移り

第三期飛鳥時代 672年~710年

の始まりです。


勝った弟、即位して天武天皇となりました。

そして近江から飛鳥へと都を戻したのです。



こちらの天皇が凄まじい猛者だったようで、すごいパワーで日本という国家を作り上げていくのです。


しかし天武天皇も病没。


本来、後継となる息子も相次いでなくなったため、後を継いだのは持統天皇、すなわち天武天皇の妻です。ここでまた女性天皇が誕生することになります。


持統天皇は天武天皇の意志を継ぐ形で藤原京へと遷都します。

藤原京というのは飛鳥とは目と鼻の先。

ですので、この時代も飛鳥時代とひっくるめて考えています。

持統天皇の次は、その孫(すなわち先になくなった息子の息子)で文武天皇となります。



ですので権力構造的には継続しているので、天武ー持統―文武の時代を第三期飛鳥時代と位置付けることができます。



そしてその後に平城京遷都、となり、飛鳥時代はここまでとなります。



まずは、こんな風に飛鳥時代は3つに大きく分けて理解していきましょう。









































今日、仕入れ先の代理店にお邪魔しておりまして

その会社さんの役員さんと弊社の担当店の店長とお会いする時間をいただきました。



この店長さんというのが大の阪神ファンでして

私も過去、甲子園球場や京セラドームにご一緒させていただいた事もある方です。


今日もお会いするなり、阪神トークから始まったわけですが

役員さんが「当社で一番の阪神ファンですよ!」と仰ってくださいました。



私「一番の阪神ファンを、こちらの店に配属するという人事が素晴らしいですね!」

などと話しておりました。



そこは、さすがに会社ナンバーワン。

私と同レベルの会話ができるという、大変貴重な方です。


私「石井大智のケガはめちゃ痛いんですけど、ケガする前のピッチング、たまたま移動中でテレビで見れていたんですよ。WBC球を使っていた影響もあったのかも知れませんが、ストレートはちょっと来てなかった感じですね。コントロールも定まり切っていなかったし。坂本も、WBC球に馴染ませたかったのか変化球のサインが多かったですね。でもフォークが決まっていなかったですよね。正直WBCに行っても、ちょっと厳しかったかも、です。」

と話していたんですが



役員さん「すごいですね。そんなところも見てはるんですね。」

私(店長さんに向けて)「え、そりゃあ見ますよね?」

店長さん「はい、見ますよ(笑)」



という感じでして(^^)



私と同じマニアックなレベルで語れるという素晴らしい方なんです(笑)。




店長さん、また野球が始まったらじっくりと語りましょうね!(^^)





「外構に見とれてしまって、なかなか家に入れないんです。」




厳密に言うと、実は私が直接聞いたわけではなく…

元請の方から伝え聞いたお言葉です。



家のリフォームとともに、外構もリフォームいただいたお客様でした。

当初から元請けさんに「こちらのお客様は特に外構を重視されているんで」と聞いておりました。

私も何度かお客様とお会いさせていただきながら、打ち合わせと工事を進めさせていただきました。


弊社は元請けさんあっての下請けという事ですので、現場の写真等は敢えてここでは載せることができないのが残念ですが


黒系のタイルを使った門柱、そしてライトアップされた植栽が映えるスタイリッシュな外構工事が完成しました。



伝え聞いたお言葉は私たちにとって、この上ない嬉しいお言葉になりました。

この季節で寒いのに、なかなか家に入れないって

何ともありがたいご感想です。




外構リフォームとは、そこまで喜んでいただけるものなんだな、と改めて感じます。

それは私にとっての、まさに仕事のやりがいとなっています。



色々お世話になり、ありがとうございました。

また、素晴らしいご縁をいただいた元請さんにも深く感謝申し上げます。



ところでこの「今日お客様に言われたこと」シリーズ、過去からこんなに投稿していたんですね。

このシリーズとしては、かなり久しぶりの投稿となりましたが

これからも日々のお客様との会話からお届けしていきたいと思います。









高市さん人気、すごいですね~。



奈良県から始めて総理大臣が出た、という事で奈良県民としては誇らしいことです。

また、高市総理は私の高校の先輩でもありまして

私たちにとっては「高市センパイ」な訳です(笑)



それにしても、このところ選挙の度にテレビや新聞が「オールドメディア」などと言われ、ネットやSNSをメインに見ている層から見下げられている感じもあるところです。


若者はテレビを見ない、と言われていますが、私なども殆どテレビを見る事がありません。


移動中なども、選挙の状況を見ようかとテレビのワイドショーを見てみようかと思ったのですが


全然違う話題になっていたりすることも多く、結局見ずに切ることもしばしば。


一方でYouTubeだと、選挙情勢にしても溢れかえっていて幾らでも見る事ができる。


それと、YouTubeを見慣れているとテレビのCMの長さに待ってられなくなるんですね。



そりゃあ、みんなテレビ見んわ、と思いますね…。

皆さんはテレビ、見てますか?



そう言いつつも

植田が欠かさず見ているテレビ番組が一つだけあるんです。


それは


大河ドラマ


です…!



大河ドラマについては、実は昔からずっと見ていたわけではありません。


大人になってからで言うと、最後まで見続けたものは「葵・徳川三代」くらいだったのです。


「新選組」も「龍馬伝」も「西郷どん」も途中で離脱してしまいました^^;

実は幕末、結構好きなんですけどね…^^;


最近でいうと「晴天を衝け」も2カ月くらいだったかな、これまた離脱。


そしてその翌年が「鎌倉殿の13人」。

これに私はハマりました。

三谷幸喜氏の脚本が面白かったのでしょう、久々に大河完走。


そして翌年の「どうする家康」も、その勢いのまま完走。
ムロ秀吉が特に印象的でした。


しかし、「光る君へ」には興味が持てず一回も見ず。


昨年の「べらぼう」、これは今までにない大河だったと思いますが、江戸時代の雰囲気が好きで完走。



そして今年が


「豊臣兄弟!」


うん、面白いです(^^)/


これは完走間違いなし、ですね。



そういうわけで


テレビ見ていない自慢は私にはできません^^;

NHKの受信料も、これは払わないと仕方ないですね(笑)





毎週日曜日が楽しみです(^^)/

















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